『試作を終えて』
平成22年1月31日
アシュラ時計工房
平林 隆
 伊藤猛さんから電話が入ったのは、3,4年ぶりかもしれない。
 「漆時計をつくりたい。」のだと言い、数日後、詳細を話しにやって来た。
 文字板の限られた小さな場面に、漆を使う表現は、難しいものとかねがね思ってきたが、伊藤さんの企図はすっかり組み立てられているようであったし、そもそも思いつきで事を起こす人ではないし、顔には、マグマのような情熱が蓄えられていて、辞退すると噴火して、火傷を負うのも嫌なので、引き受けることにした。
 製作に当たっては、通常、洋白という金属を使うが、貴金属材料でもそんなに加工工数は変わらない、と伝えると、太陽はピンクゴールドで、月はホワイトゴールドで作って欲しいとの依頼になり、決心の固さと腰を据えた取り組み覚悟を観て取れた。
 貴金属材を使うことは、試作とは言え、本品同様に緊迫感を伴うが、この感じはかえって好きだ。20歳の頃、技能五輪の試験当日を思い起こす。

 「太陽と月」の意匠はムーブメントの針位置を好く活用されており、非対称のローマ数字がおもしろい。意匠の狙いを最大に引き出す外観で100%の仕上がりを心がけた。

 伊藤さんは、忍耐と粘りと深慮がある。
 それに強運だ。
 今回の企画では、優れたムーブメントの提供がかかせなかったが、数社の大企業の協力までも取り付け、本品試作品は完成した。
 うるし文字板は、伊藤氏自らの手作業と、ハイテクを共有した創りであり自身も満足の出来上がりになっていることだろう。
 深みとしっとり感の醸成は、うるしの特性を活かし、魅力の作品に仕上がった。  おめでとう!
 TAKESHI ITO のモデリングに関われ、伊藤さんの感覚と人柄に触れ、また一つ2009年の年輪を刻めた思いが湧いてきた。 ありがとう。